9 適応放散、自然選択について
「適応放散も自然選択も進化の一様式である」
進化学のうえでいつも問題になるのが、まえの8で議論した獲得形質とともに適応放散と自然選択あるいは自然淘汰です。生物が環境と適合し、それゆえに生息分布が広くなる現象を適応放散といいます。その過程で環境に適応しない動物は淘汰されるというのが自然淘汰です。
哺乳類における適応放散の良い例が長鼻類です。北アフリカに起源を持ち(最古の化石)、オーストラリアを除くほぼ全大陸に分布を広げ、様々な形態へ分化した動物で、現在はアフリカとアジアにだけ(その生息地域の減少の要因の一つが人間の存在とも言われています)生息しています。それゆえ地球上の各環境へ適応し、広い分布と多様な形態へと進化した、適応放散の良い例としてあげられます。
しかし、自然淘汰以外の視点からみれば、放散(拡散)するのは本来の生物の基本的性質ですから(拡散性については4の系統発生の項目参照、12進化の定義でも議論します)、この拡散性がより強く、いろいろな環境に能動的に適応するような柔軟な性質を併せ持っていた、とも考えられます。つまり過酷な条件にも柔軟に適応したとうことです。その例が矮小化した小型のブタあるいは白鳥のほどの大きさになった長鼻類です(日本のアオモリゾウのこのような一種類とも言われています)。むろん長鼻類には絶滅した多くの種類も存在するため様々な内因や外因による適応できなかった、つまり自然淘汰もあったと考えるのは妥当でしょう。
適応放散は、古生物学では時間軸が違う地質時代の現象からも理解できます。例えば中生代の爬虫類(恐竜時代)の繁栄、中新世の哺乳類の繁栄などが代表的な例として挙げられます。このような古生物学上における適応放散の事実から、自然淘汰が万年単位の歴史の中で行われた結果であることもまた事実です。
以上の環境への適応は、私の体制の原則からみると、変異性、さらに変異性の定着、これが獲得形質となる、という過程の結果として考察できます。ここから古生物学的に提唱された適応放散、自然淘汰、定向進化が理解できます。
いっぽう生物学ではむしろある種の生物が生態的位置をもつこと、つまり棲み分けなどとして捉えられます。棲み分けは種間闘争や種内闘争がないなどの意見もあります。
しかし、ある生物が一定の場所を占める、あるいは食物を占めることはそれ以外の生物を閉め出すことであり、それ自体が排他的行動です。つまり、棲み分けしている生物が外来の生物との間に競争が行われることは事実です。また棲み分けが全く静的状態であり得ないことは自然を観察すれば一目瞭然です。例えばサル社会と言われた構造が食べ物で簡単に壊れ種内闘争が生じるなどは事実です。
ですが、この競争の勝者が進化につながるかどうかについては判然としません。環境や生物は本質的に平衡状態を保とうという傾向(補償作用)があるからです。
これは外来種の侵入がよい例です。天敵がいないため(?)に一時期著しく増えますがやがて外来種は目立たなくなってしまうか、在来種に凌駕されてしまいます。ここでは種の競争があっても環境との関係も含めて一時的なアンバランスが生じやがてもともとの平衡(バランスを取る)状態となるとうことが分かるのです。むろん外来種が在来種に置き換わることもあります。その場合は外来種の方が環境と適応している、バランスがとれているとみられます。
このように生物は常に安定な方向へ向かって変化しますが、完全な安定はないためにさらなる安定に向かって変化する、ということになります。生物学的な自然淘汰、生存競争は一時的に起こりますが、それでも長い時間をかけると平衡にちかい状態なることが多いわけです。
古生物学的な自然淘汰と適応は、生物学的な平衡への繰り返しによるものです。生物学的な不安定要素(変異)を含む平衡状態の万年単位の繰り返しは、古生物学的な自然淘汰という質的転換をおこすのです。その結果、不安定状態が生じさらに安定へと向かうと推定されます。
つまり時間のスケールによって質が転換する、つまり法則性が変るわけです。これが自然淘汰であり、前に示した8変異の定着が重要な要素になります。
そして適応には、変異性による多様な変化が環境と合致し適応し存続繁栄する進化要因などなど、いくつもの道(様式)が考えられます。
ですから、以上に示したように、現生生物における自然淘汰も適応も、生命の原則=体制の原則に沿って理解できること、なおかつこれは様々な進化の様式の一つであると言えるのです。
まとめると、私は次のように考えています。自然淘汰や適応は変異が基本であるということです。なぜなら生命体は前の「変異と変異の定着」で示したように無数の変異が生じているわけです。その中の環境と適合した変化=変異が勢いを得ることは論を待ちません。だがこれが万年単位で繰り返すには体制の原則がどうしても必要です。
一方、環境と適合していない場合でも生き残る場合があります。極限環境(高温、低温、無栄養状態など)での生物です。これらはその進化が生物の嗜好性によるとしか解釈できません。そしてやはり我々の目には適合していないようでも体制の原則に合った変異に依るものであろうと、私は推定しています。
ですから、我々の目に見える自然淘汰も獲得形質も進化の一様式であるというものです。